
ウビン島によくサイクリングに行きました。
元カレ事例研究。。。とうとうスタートさせちゃいました。
このブログを始めようとした時からこの事例研究をやりたかったんだけど。。。というのは、
巷の国際恋愛・国際結婚コーチさんは皆さま、既に素敵な外国人の旦那さまと理想の結婚をされていて、本やブログの読者にとっては
「ぁあ。。。ああなりたいっ」
って方ばかり。
quinnもいつかはそうしたブログが書ければいいんだけど、
今のquinnが書けて、かつあまり巷に出回ってないテーマがコレなんじゃないかな。。。と。
そりゃ、事例数だけは誰にも負けないですよ、なんてったって9年ですからね。
あぁイタいよ、quinn。。。
では、早速、
【事例・その1】
ジョージと知り合ったのはTinderとかがまだなかった今から9年前。
Singapore ExpatというPCでしかまともに見れない無料掲示板の友達・恋人募集欄みたいな場所だったと思う。
もとが生活情報掲示板だから、売ります買います、物件情報みたいなのも多くて、
でも他になかったし会員制でもなく無料だから当時は結構需要がありました。
彼はアメリカの電子部品メーカーのシンガポール支社のMD(Managing Director=代表取締役)。
年齢は当時のquinnより7歳上。
アメリカで離婚して、その結婚での子供3人をアメリカに残していたけど、
離婚の原因が奥さんのドラッグ中毒っていうんだから、かなりヘビーな半生のようでした。
でも、子供は全員しっかり育って、彼は15年ぐらい前にアジアに転勤。
フィリピン、インドネシアを経てシンガポール支社の社長になってました。
シンガポールで20歳以上若いチャイニーズ系シンガポール人の女性と結婚。
彼女はオーストラリアの大学卒で、ご実家はかなりの富裕層。
実家が一戸建てってシンガポールじゃまず身近では出会えないレベルのお金持ち。
離婚の原因は一方的だったようで、マニラの出張から戻るといきなり離婚したいと言われたらしい。
ま、20歳以上も若い女性とは言え、ジョージは私の元カレの中でもダントツにハンサムだったし、
Tall & Fitでとにかく格好良かった。
年齢より軽く10歳は若く見えたし。
だから、別に彼のオッサン臭さが理由だったわけじゃないと思う。
私のプロフを見たジョージからメッセージが届いて、
最初のデートから多い時は一日30通ぐらいメールが来てました。
今、思うと、この時気付くべきだったんだよね。。。
この人はまだ離婚後のリバウンド期間だったってこと。
だって、多くの社員を抱える会社の社長で、
本社のあるシカゴとの時差で夜中でも電話会議(当時はZoomなんかなかったから風呂上がり裸のまま電話してた)はあったし、インドやスリランカにも頻繁に出張していました。
そんなジョージが朝のおはよう
から始まって、夜中に
おやすみ
を言うまでほぼひっきりなしに
「君のことを思っている」って。。。
まだ、最初のデートから2ヶ月ぐらいなのに。
今のquinnだったらこれだけで引くわ。
ま、この時の体験がベースになっちゃったから、
その後の数年間、quinnは『頻繁にメッセージを貰うのが愛されてる証拠』という誤った認識がインプットされ、
メッセージの返信が遅かったりするとそれだけで不安になっちゃったり、
とお決まりのNeedy(愛情に飢えた)な行動パターンに陥るようになりました。
ジョージと知り合ったのは9年前の4月で、前年の11月頃に離婚届を出したと聞いてました。
奥さんがシンガポール人だったからシンガポールで婚姻届を出したと。
「僕らは子供はいないし共有財産(不動産など)もないから、すぐに受理されて離婚成立はスムーズにいくと思う」とも言っていた。
あ、日本の離婚に関する制度や法律は少し特殊だと思いますよ。
quinnが知る限り、海外ではいわゆる『慰謝料』ってないです。
どちらかにはっきりとした理由があって、相手側が離婚に納得していない場合ならあり得るけど、
日本のように離婚したら男性が女性に慰謝料を払うって考えは基本的にない。
結婚してからふたりで得た共有財産を財産分与する(基本的に折半)、
子供がいる場合はその親権について。つまり、親権をどちらが取るか、どのようにして子供を育てるか。。。
ま、これが一番揉める点です。
シンガポール人との間に子供がいる場合、たしか別居期間が一定年数必要になるんじゃないかな。
それでも離婚なら仕方ないね、認めます、みたいな。
日本みたいに役所に離婚届を出したらそのまま認められるわけじゃない。
だから、離婚の申請をしてから成立するまでに、時として数年を要することもあり、
その間に別の相手と交際がスタートすることは充分あり得ます。
ただ、裁判所の見地から、物理的に別居している(関係修復は不可能で、もちろん肉体関係もない)ことの証明は重要なポイントです。
で、こうした事情は当時のquinnも一応知ってはいたけど、
数ヶ月前に離婚申請したばかりで早くも次の相手探しかよ。。。
とどこかで冷ややかに見てたのも事実。
だから、交際初期からのジョージの度を越した愛情表現は、
当時流行ってた恋愛マニュアル本『The Rules』の表面的な部分のテクニックをもろに実践していた
(メールの返事はま半日から一日置いてからしましょう云々)quinnを振り向かせようと必死になっていたのかもしれないし、
今思うと、それ以上に人生2度めの離婚となって内心ボロボロの自分を癒やして欲しかったのかもしれない。
離婚って、どんなに強がってみせても男性側は相当な心理的ダメージを負うようです。
奥さんがヒド過ぎて別れたとしても、何らかの挫折感は残るみたい。
これ、quinnの元カレ(大半が離婚経験者)を見ていてホントにそう思います。
今、思うとジョージは寂しかったんだと思う。
アメリカで離婚して再起を懸けてアジアに赴任して、
年の差に躊躇しながらも奥さんからの熱烈アプローチで再婚を決めた。
で、わずか4年で、ある日突然離婚しようと言われてしまった。
他に男ができたのかどうか、最後まで彼女ははっきり言わなかったらしい。
彼女は実家が裕福だから、一応不動産エージェントをしていたけど、
ジョージ曰く「ほぼ遊びみたいなものだった。親のコネで紹介物件やクライアントを得ていただけで、必死に営業したりなんかしなかった」。
だから、普通のサラリーマンに嫁いでも後悔させないように、彼は必死に働いたんだと思う。
シンガポールにいる欧米人って、そりゃオーチャードやマリーナのコンドミニアムに住んでたりもするけど、
本国の子供の養育費の仕送りや、
とりわけアメリカ人
はシンガポールとのアメリカの間の二重課税回避条約がないから、
シンガポールで得た給料の所得税を二重に支払っています
。
これ、アメリカだけかもしれないけどね (日本はEUは居住国にのみです)。
だから、アメリカ企業のシンガポール支社長といっても、超富裕層じゃなかったはず。
彼女の実家がフィリピンで事業を始める時には、マニラ駐在中のコネを使って結構支援もしたそうです。
彼なりにその結婚に残りの人生を賭けていたと思う。
でも、20歳年下のシンガポール人妻は離婚を言い出した。
だから、自分を認めて愛してくれる人を探していたんだと思う。
海外での離婚制度について疎かったquinnは、
離婚も成立してないのに私と付き合いたいって、それ、どこまで本気?みたいな思いが常にあって。
で、しばらくして初めてジョージの部屋に遊びに行った時、発覚した事実。
その1:彼の部屋は、結婚していた時に住んでいた部屋の真向かいだった。
このアパート自体が元妻の実家の所有で、以前は彼女と一緒に真向かいの3ベッドルームの広い部屋に住んでいたそうです。
で、彼は離婚申請してから真向かいにあった1ベッドルームの手狭なユニットに引っ越したということ。
その2:キッチンの冷蔵庫にはまだ元妻との写真がいくつも貼ってあった。
その日の深夜、他の男と帰宅したらしい元妻の声が聞こえたりして。
ま、その男は夜中の2時頃に帰ったみたいだけど。
で、quinnは夜中に「もう帰る」とだけ言い残して彼の部屋を出ました。
こういうことにだらしない男なんてこっちから願い下げよ、という思いで。
翌朝、早くにフィリピン出張に出る彼は走って引き止めるわけでもなく、呆気に取られてquinnを見送っていた。。。
深夜、外でタクシーを拾うまでに怒りは情けなさに変わり
「こんなふうに別れるつもりじゃなかった」と惨めで涙が出てきました。
その時の状況を振り返ると、そりゃジョージに配慮が欠けていた部分もあったと思います。
ただ、彼の言う通り、「出張続きで引越し先を探す暇もない
(シンガポールでは結婚したこともあって家賃は自己負担という条件に変更していたから自分で探さないとならない)。
この先を考えれば、自分ひとりなら手狭でも良いと思ったし、
その矢先、彼女の実家が所有するこの物件でこの部屋が空いたから引っ越した。
荷物の移動も楽だったし(そりゃ、真向かいの部屋からだからね)」というのもまた事実でした。
quinnはそんな彼に一方的に腹を立て、長いメールを送ってしまい。
で、2週間ほどして彼から丁寧な返信が届きました。
「すごくすごく辛いけど、もう終わりにしよう。
君の不満はもっともなことだ。僕の生活を見る限りでは離婚を引き摺っていると見られても仕方ない。
でも、君が疑うようなことじゃないんだ。
君と一緒に立ち直って、しばらくしたら引っ越そうとも思い始めていた。
でも、それって立ち直りを僕の勝手で手伝ってくれと言われているようだと、多分君は思うよね。
まだ交際の初期なのに、僕のそうした事情を受け止めてもくれず、自分のプライドだけでコントロールをしてくる。
僕は君にそんな印象を抱いてしまった。
僕の日常はまだ必死に自分を取り戻そうとしている状態だ。
多分、君は正しい。僕は君に値しないのだろう。
ただ、残念だ。
こんなメールを送りたくなかったけど、出張中にじっくり考えてこの結論を出した。ありがとう」
quinnは当時住んでいたイーストコーストのお気に入りのラーメン屋さんで注文をしていた時にこのメールが届いて、
お金だけ払って彼のアパートに向かってタクシーを走らせたんだけど。
彼の部屋の窓は閉め切られており、どうみても出張先から送られてきたメールだと判断しました。
こういうことって別に国際恋愛に限ったことじゃないかもしれないけど、
本国から離れて、それまでの人生を背負って生きているジョージみたいな人がシンガポールにはたくさんいます。
国際恋愛ならではの特殊事情もあるけど、
それって単に『置かれている立場や状況』の事情であって、
恋愛関係においては日本人同士の恋愛でも同じなんじゃないかと思います。
あれから長い月日が経って、
実はquinnは自らブロックしたジョージのFacebookをたまに見たりしています。
ポーランドだかロシアだかの女性と結婚して、今はスリランカに住んでいるジョージ。
今の奥さんとの間に子供も授かって、おとーちゃん、さらに頑張ってはたらかなきゃね
、な状況みたいです。
別に連絡を取るつもりも全くなく、
遠くから「あの時はごめんね。幸せになってるみたいでホントに嬉しいよ。。。」と本心から呟いているquinnです。
💟最後までお読みいただきましてありがとうございました。💟